幸志郎への果たし状

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スクロールすんべ

上司

デカい背中で常に前を向く親父

出会いに生きる 其の肆

意思を託す者
受け継ぐ者

西村幸志郎が尊敬する人、その真っ先に挙げた名前がある。西村幸浩。その人は幸志郎にとって紛れもなく父であり、人生の師であり、上司であり、理解者であり、同じ未来を見つめる同志である。いい意味で複雑な父子関係。しかし、そこに流れるのはひと筋の思い。正しいことを、正しくする。人として、リーダーとして、そのフォースは確かに受け継がれた。

大切なことは全部
親父が教えてくれた。

幸志郎「人として正しく生きること、嘘をつかないこと、格好悪いことをしないこと。今、俺が大切にしている全部、親父の影響だよ。俺にとっては、めちゃくちゃデカい存在。デカすぎて、反抗しようなんて一度も思わなかった」

そう聞くと、さぞや厳格な父親だったのだろうと想像するが、実際はとても子煩悩な人だったと言う。

幸志郎「いや、特に厳しく怒られたって経験もない。それにすごく優しかった。社長業でめちゃくちゃ忙しいはずなのに、俺のサッカーやスキーの送り迎えを必ずしてくれてね。俺に子どもができたとして、同じようにできるかって言われたら絶対にできない。やっぱり、凄い人だなって思う」

格好いいかどうか
それが小さな頃から判断基準だった

「結婚して、早く子どもが欲しかったんだけど、なかなかできなかった。幸志郎が生まれたときは、そりゃあ、夫婦揃って喜んだよね」。そう言って幸浩は目を細める。幼い頃から幸志郎は「格好いいもの」に憧れていた。初めての将来の夢は「ヒーロー」だったし、保育園へ初登園した日の夜、自分の呼び名を「僕」から「俺」に変えたのも今では笑い話だ。

幸浩「格好いいかどうか、それがいつもあいつの判断基準だったんだよね。だけど昔はその格好良さの基準が外見的な要素が強かった。ヒーローになりたいっていうのも、自分のことを『俺』って呼ぶのも、外側の話だよね。それが高校生になって家を出て、親のもとを離れている間に、だんだんと内側の格好良さを基準にするように変わっていった」

身も、心も大きくなった幸志郎が、自らの「格好良い」の基準に照らし合わせて決めたこと。それが会社を継ぐということだった。「会社を継ぐって大変なこと。自分も同じ苦労をしたから、彼には勧めることはしなかった」と幸浩は語るが、日本一周の旅を経て、幸志郎は決めた。「苦しいことはわかってる、だけどそこから逃げるのは格好悪い」と。

幸浩「それもまた、彼らしいよね」

親子喧嘩

親子対談、かく語りき

幸志郎「特別企画で対談……。先代と後継者って普通はあまり仲良くないのかもしれないけど、うちはいつも話しているからね」

幸浩「こういう機会でないと言えないことって、あまりないかもしれないね」

幸志郎「経営を引き継ぐことに対して、どれくらいリアリティを持って考えてる?」

幸浩「それはいつも考えているよ。だんだん公職の方が多くなってくるから、自分の事業だけに専念できる環境じゃなくなってくるんだよ。私も三十代で会社を継いで、早くから親父に経営を任されてきたしね」

幸志郎「俺が日本一周から戻って入社するって言ったとき、どう思った?」

幸浩「複雑ではあったよね。従業員が300人いたとしたら、その家族も含めれば1,000人以上の生活を守らなきゃいけない立場になる。その責任の重さは計り知れないし、楽なことなんてひとつもないから、これまで一度も会社を継げとは言ってこなかった」

幸志郎「確かに経営とは、会社とはっていう話はそれまで一切されたことがなかった。その代わりに教えられていたのは人としてどうあるべきかということばかり」

幸浩「でも経営者にとっても、それが一番大事なことなんだよ。人として正しいことをすると、必ず従業員はついてきてくれる。どんな立派な経営論よりも、大切なことだよ」

西村組の変革は
すでにはじまっている

幸志郎「今、西村組はいろいろと変わろうとしているところ」

幸浩「先代である親父は、保守的な人だった。会社経営を若くから任せてもらっていたとは言え、すべて思うようにできたかというとそうではなかった部分もある。次の若い経営メンバーが思うような改革を進めていける素地をつくるのが、今の私の役目なのかなと思っている」

幸志郎「従業員がプライドを持って働ける職場にしたい。公共事業に頼らない仕事の進め方を作っていきたい。地域ともっと親密な関係になりたい。そういう思いは俺も、親父も同じだと思っている」

幸浩「それはずっと私のやりたかったことでもあるし、できなかったことでもあるんだよね。会社っていうのはひとりでは変えることができない。社長がいつまでも現場にいるわけにもいかないしね」

幸志郎「俺はまず、そこの実行部隊になれたらいいと思ってる」

幸浩「そこは安心しているし、楽しみなところでもあるかな」

現場を知っているからこそ
熱が伝わる

幸志郎「入社して一年、建設の勉強のために学校に行って、そのあとは現場で一年。そこでまず変えなきゃいけないのが現場で働く人の気持ちだと思ったし、それが今、西村組の経営理念やメッセージを見直すっていう動きにつながっている」

幸浩「そうだね。最初の二年はいろいろと吸収できて、問題点も自分の目で気づけた期間だったと思う。だけどね、今進めているプロジェクトや会社の変化が落ち着いてきたら、もう一回現場のことをしっかり勉強し直してほしいとも思ってる」

幸志郎「確かにそこはまだ俺の弱いところかもしれない」

幸浩「たとえば行政と折衝をするときに現場のことを知らないとネックになることもある。いくら周りが資料を作ってサポートしてくれても、しっかりと理解して、自分の言葉で話さないと熱が伝わらないこともあるんだよ」

幸志郎「今はデスクにいないと仕事ができない時代じゃない。それに建設業界は常に複数の現場が同時進行していて、テレワークの最前線みたいな仕事でもある。自分自身現場に触れる機会をもっと作りたいと思っているよ」

誰もが知っている
誰も見たことがない建設会社

幸志郎「俺たちの仕事の喜びってなんだと思う?」

幸浩「やっぱり港を使う人たちが喜んでくれること、漁師さんたちが潤ってくれることかな。もちろん、従業員のためというのもあるけれど、従業員の喜びもまた、そうであってほしいなと思う」

幸志郎「サロマ湖のアイスブームはいい例だよね。西村組の技術力で地域の養殖業を守って、生活が潤うっていう。でも最近は工事の規模が大きくなってきて、なかなか現場と漁師さんが直接話し合える機会が少なくなってきていると思う」

幸浩「公共事業になると発注者が行政になるからね。でも、エンドユーザーである漁師さんと、西村組が直接タッグを組むような仕事のやり方を構築できれば、それが解決できると思っている。だから今は漁業組合などへの働きかけにも力を入れている」

幸志郎「現場レベルではそうした取り組みもはじまっていて、それをもっと大きなスケールでやれるようになるのが目標だよね。たとえばクラウドファンディングとかで、税金を使わない形で港の整備ができたらすごく面白い」

幸浩「公共事業の請負だけではダメだし、もっと先を見据えないと面白くない」

幸志郎「そこを打破できれば、西村組の新しいビジョンである『誰もが知っている、誰も見たことがない建設会社』になれると思うんだよ」

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